http://apricot-tree.asablo.jp/blog/img/2013/06/17/29f71b.jpg

丸裸の山椒2013年09月07日 22:50

 ベランダでアゲハ蝶の為に鉢植えで山椒を育てています。

 今年は夏前に数匹の青虫が蝶になって巣立っていきましたが、そのあとの猛暑でにやられたのか、山椒の葉はちりちりに焦げたようになって、全く元気がありませんでした。

 それなのに夏の終わりに再び青虫が15匹くらい取りついて、とうとう最後の一葉まで食い尽くして、どこか安全な場所を求めて旅立っていきました。
丸裸の山椒の木


 ところが、最後の葉がなくなっても、まだ小さな幼虫が枝に取りついているではありませんか。
 仕方なくちょろっと生えたばかりのシークワーサーの葉っぱに置いておくと、葉っぱを食べた形跡がありました。
イモムシをシークワーサーに移す


 これでなんとか育ってくれ、と願ったのですが、翌日幼虫の姿はどこにも見当たりません。
 食べ物が気に食わなかったのか、鳥に見つかったか、どちらにしてもどこかで命を落としてしまったようです。

 自然の摂理とはいっても、救ってやりたかったなぁと残念です。

 それにしても、丸裸になった山椒の木、驚いたことに新芽を吹き始めました。
 自然の生命力は不思議ですね。
 もし丸裸になる前に新芽を吹き始めたら、まだしぶとく取りついていたイモムシの格好の餌食になるところを、イモムシが全滅したあとのタイミングまで待って、新芽を出しているんですね。どうしてわかるんだろう。スゴイなー。

 話は変わりますが、今日は店のホームページを見たという遠方のお客様より、商品お問い合わせの電話を頂きました。当店のホームページは極めてお粗末で、商品を良く見つけて下さったものだとただただ驚きです。
 見て下さるお客様がいることを意識して、もっと見やすいページにしなければと、反省の一日でした。

蝉と梅雨明け2013年07月12日 19:40

 今年ははずれてしまいました。

 東京では蝉の鳴き声を初めて聞いた日が梅雨明け、という自然のサインの話です。

 中学校の理科の教師から教わってから、いつもこの季節注意してきたのですが、東京で暮らしていた期間は、憶えている限り100%的中してきたと思います。

 ある年は蝉の声を聞いたのに梅雨明け宣言がされずに、あー狂うこともあるんだと思っていたら、それから3日後に、梅雨は3日前に開けていましたと発表されたり、ある年は先に梅雨明けのニュースを聞いた日、午後に蝉の声を聞いたり、まさにどんぴしゃりでした。

 それが、今年は我が家のあたりではまだ蝉の声聞いていません。

 もう東京の上空は太平洋高気圧に占領されて、猛暑日が4日も続いているので、確かに梅雨は明けたのでしょう。それなのになぜ蝉は出てきてくれないのか?

 思い当ることとしては、去年の蝉の大発生です。

 我が家のあたりだけだったのかもしれませんが、昨年は近くの公園で、夕方道路を歩く蝉の幼虫を、踏みつぶされないようにと何匹脇の木に避難させたことか。たぶん20匹以上だったと思います。
 そして、太い木の根元は蝉が出てきた穴ぼこだらけで、木の幹にも上に急ぐ幼虫の行列ができていました。
 
 生物の一般論として、大発生した年の翌年は発生する数がめっきり減る場合が多いようです。我が家の近所の蝉は、きっと7年ごとにブームのピークがやって来る周期を刻んでいるのかもしれません。

 あと6年後、去年の蝉の子供たちと出会う自分は、健康で楽しく暮らせているのかしら。そんなことを思いながら、すでに夏バテ気味で、今年の夏は手ごわそうです。

 (書いていてる途中で、蝉の声聞きました!やっぱり梅雨明けはこうでなくちゃ)

カモの受難2013年06月26日 19:25

 日曜日に見つけたカルガモ(マガモではありませんでした)親子が気になって、今朝は公園の池を通るコースを犬たちと散歩してみました。

 前に親子を目撃したあたりに行ってみると、池のほとりの木陰で赤いリボンのようなものが一瞬はひらり。

 なんだろう?とよく目をこらすと、赤いものはリボンではなくて、金魚。しかも今まさに水鳥に頭から飲み込まれようとしている瞬間でした。

 水鳥はササゴイ。この池では初めての対面です。
 木陰に自分の体を隠してじっと水面から獲物を狙って、通りかかった金魚をパクリとやったと思われます。
 
 それにしてもこの池、水源は下水処理水で濁って浅いそれほど大きくないもので、ザリガニやカメがたくさんいるので、休日には小さな子供の遊び場としてにぎわう繁盛スポットです。
 にもかかわらず時々シラサギやカモを見かけるし、冬のある時期カワセミも訪れます。そして今日はササゴイ。
 ワイルドでネ?

 池を囲む公園にいろいろな木々がうまく植えられていて、こんもりと小さな森を作っているのが鳥に気に入られる理由かな。

 期せずしてササゴイのハンティングに立ち会ったのですが、肝心のカルガモの親子の姿が見当たらず、探していると、池から少し離れた人口の滝つぼにネットがかけられていて、周囲に立ち入り禁止テープが貼られているのが目に入りました。

 行ってみると、いました。カルガモ親子。でも日曜に8羽いた雛が、親鳥の腹の下に1羽か2羽見えるだけ。

 当たって欲しくない推理ですが、カルガモの雛の多くが池の近くに巣を構えるカラスか自由猫の餌食になってしまったのでは。それで公園の管理人さんがあわててネットで覆える滝つぼに親子を移して保護しているというところではないかと思われました。

 とても愛らしいカモの雛の成長を楽しみにしていたので、ちょっとショック。でも、カラスだって子供を育てなければならないし、猫だって目の前にご馳走があればいただく。それが自然の摂理ですよね。

 せめて残された雛だけでも無事に育つこと祈ります。

小さくていとおしいもの。2013年06月24日 23:25

 昨日のことですが、いつもの犬の散歩コースにある公園(そう、あの山桃の公園)の小さな池で人だかりができていました。

 ラジオ体操を終えた年配の方々や、子連れのおとうさんが、携帯電話で何かを盛んに写メっています。
 近づいてよく見ると岸のすぐ近くの岩の上にカルガモの親子の姿が。ホワホワ羽毛のかわいらしい雛が8羽、団子のように寄り添っていました。

 この池にはよく、近くを流れる川からカモが飛んで来ますが、池での子育ては初めて見たような。日頃川でヒトが与えるパンとかくず野菜とかをもらっているからか、すぐ近くに人だかりがあるのに、全く逃げるそぶりを見せません。
 むしろカラスや猫の襲撃をヒトを使って防いでいるかの様でした。

 野生の動物って、したたかでたくましいですね。

 それにしても小さなひな鳥は掛け値なしにカワイイ。
 ひな鳥に限らず、小さくてはかない命には、どうして強く惹かれるのでしょうか?DNAに刻み込まれた本能なんですかね。

 遠い日、赤ん坊にミルクを飲ませた後に、縦だっこでさすってゲップを出させる時の、あの小さなひよひよ背中がたまらなくいとおしかったことを、思い出しました。親になって、一番幸せだった頃かもしれません。

 それから二十数年。うちのひな鳥、今晩は遊びに行ったまま、まだ帰ってきません。
 まー元気に育ってくれたから、それだけで十分なんですけどね。

 おっ、帰ってきたきた。

憂国の士?2013年06月22日 12:54

 いつも犬たちを散歩に連れていく公園に、この時期赤い小さな実をつける山桃(やまもも)の木が数本植えられています。

 今年もたくさんの実をつけて、その実が熟れて落ちて、アスファルトを赤く染めていました。

 去年、レジ袋を片手に山桃の実を集めているオジサン、オバサンを見かけて、食べれるのかいなとインターネットで検索すると、ジャムや果実酒にできるとか。
 そーいえば司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の中に、坂本龍馬の好物と書かれていたなと思い出し、今年は熟れた一個を失敬してかじってみることにしました。

 山”桃”って名前が付くくらいですから、ほんのり甘いサクランボ的な味を期待したのですが、かじった途端脳天に染み込むような酸の刺激と、舌奥に単三電池のプラス極を押し付けたようなしびれ(どんなんや!ヨイ子は真似しないでね)が。要するに「酢ッパー!!」
 
 一発で眠気は吹き飛び、頭脳明晰、百発百中、おもわず腕組みをして、「新しい国を つくらにゃいかんぜよ!」と二匹の犬に説いてしまいました。

 やっぱり坂本龍馬は偉大でした。
 甘い甘い佐藤錦なんかほうばってるから、選挙になっても、「経済なんとかしてねー。後はお任せー。」とかになっちゃうんでしょうね。

 憂国の士を思う一日でした。
 残念な私は「夕刻の脂」ですが。