http://apricot-tree.asablo.jp/blog/img/2013/06/17/29f71b.jpg
絵本紹介(61) 忘れても好きだよおばあちゃん! ― 2014年01月15日 21:45
題名 : 忘れても好きだよおばあちゃん
文 : ダグマー・H・ミュラー
絵 : フェレーナ・バルハウス
訳 : ささき たづこ
出版社 : あかね書房
わたしはおばあちゃんが大好きな女の子。
歳をとってきたおばあちゃんと今度一緒に住むことになって喜んでいます。
でも、パパが女の子に言います。「おばあちゃんはよそのおばあちゃんとはちょっとちがうんだよ。」
どう違うかというと、おばあちゃんはアルツハイマー病という病気で、言ったことはすぐ忘れてしまうし、ときどきまわりをびっくりさせることをします。
>
おばあちゃんは昔がっこうの先生だったので、きっとたくさんのことを覚えていたのでしょうが、今は自分が先生だったことも忘れてしまいました。でも、自分が小さかった頃のことはよく覚えていて、どんな家にすんでいたとか、何を食べたとか、わたしによく教えてくれます。
ママが、「おばあちゃんの今までって、大きい木みたいなものかしらね。」と言うので、わたしはおばあちゃんの生まれてから今までを絵にして、子どもだったときを木下の方に、大きくなってからを上の方に貼りました。
とてもりっぱな木の絵ができました。
わたしは思います。「おばあちゃんは本当にいろんなことをやってきたのに、どうして楽しいことまで忘れてしまうんでしょう?」
ママが言います。「病気のせいで、おばあちゃんの頭に秋がきて、木に付いている絵は、風にふかれた木の葉みたいに1枚1枚散ってしまうのよ。 でも一度に全部じゃないの。根っこのほうの絵は、上の方の葉よりしっかりしているの。」
おばあちゃんはいろんなことをわすれていきますが、ひとりでできることもまだたくさんあります。
まわりのひとももっとゆっくりできたら、おばあちゃんのようなひとにも優しくできるのに。
アルツハイマー病は歳を取ったらだれでもなるかもしれない病気なんですって。
先日新聞に載っていた記事では、2030年に日本の認知症患者は1000万人を超えるという試算があるそうです。
国民の10人に1人が認知症。もはや他人事では済まされません。
あたまの秋は、人生の最後に程度の差こそあれ、誰もが避けて通れない通過点。
認知症になっても安心な社会って、どうやって作って行けばよいのでしょうね。
文 : ダグマー・H・ミュラー
絵 : フェレーナ・バルハウス
訳 : ささき たづこ
出版社 : あかね書房
わたしはおばあちゃんが大好きな女の子。
歳をとってきたおばあちゃんと今度一緒に住むことになって喜んでいます。
でも、パパが女の子に言います。「おばあちゃんはよそのおばあちゃんとはちょっとちがうんだよ。」
どう違うかというと、おばあちゃんはアルツハイマー病という病気で、言ったことはすぐ忘れてしまうし、ときどきまわりをびっくりさせることをします。
>
おばあちゃんは昔がっこうの先生だったので、きっとたくさんのことを覚えていたのでしょうが、今は自分が先生だったことも忘れてしまいました。でも、自分が小さかった頃のことはよく覚えていて、どんな家にすんでいたとか、何を食べたとか、わたしによく教えてくれます。
ママが、「おばあちゃんの今までって、大きい木みたいなものかしらね。」と言うので、わたしはおばあちゃんの生まれてから今までを絵にして、子どもだったときを木下の方に、大きくなってからを上の方に貼りました。
とてもりっぱな木の絵ができました。
わたしは思います。「おばあちゃんは本当にいろんなことをやってきたのに、どうして楽しいことまで忘れてしまうんでしょう?」
ママが言います。「病気のせいで、おばあちゃんの頭に秋がきて、木に付いている絵は、風にふかれた木の葉みたいに1枚1枚散ってしまうのよ。 でも一度に全部じゃないの。根っこのほうの絵は、上の方の葉よりしっかりしているの。」
おばあちゃんはいろんなことをわすれていきますが、ひとりでできることもまだたくさんあります。
まわりのひとももっとゆっくりできたら、おばあちゃんのようなひとにも優しくできるのに。
アルツハイマー病は歳を取ったらだれでもなるかもしれない病気なんですって。
先日新聞に載っていた記事では、2030年に日本の認知症患者は1000万人を超えるという試算があるそうです。
国民の10人に1人が認知症。もはや他人事では済まされません。
あたまの秋は、人生の最後に程度の差こそあれ、誰もが避けて通れない通過点。
認知症になっても安心な社会って、どうやって作って行けばよいのでしょうね。
最近のコメント