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11/19 あぷりこっとつりーこぼれ話2016年11月19日 23:52

今日は東京地方朝から冷たい雨。
店主1号は勤めの仕事で6時過ぎに出勤。ワンコたちも今日はお休み。店は前半店主2号Ushiさんが店番でした。

天気が悪い中、ワンコに会いに来店してくれたお客様もいたようですが空振りさせてごめんなさい。

夕方ふらっと来店した男の子3人組。珍しく全員絵本に興味深々。あぷりこっとつりーの品揃いと雰囲気が気に入ってくれたようで、ワイワイいいながら気にいる絵本探し。
大概の場合、ワーワー盛り上がって、でもいざ買おうかと思うと気持ちが覚めるのですが、この子たちは冷めませんでした。エライ!君たちがいれば日本の明日は大丈夫。

あぷりこっとつりーの柿の木は今年も沢山実をつけました。手の届く高さの実は収穫したのですが、高いところは鳥に残してあげることにしました。カラス、ムクドリ、スズメがやってきて、庭はとても賑やかです。あぷりこっとつりーの柿の木は、甘柿なのですが熟れ頃を見極めるのが難しいので、基本的に干し柿にしています。
干し柿にしきれない柿、差し上げていますので、来店の際よかったら持って行って下さい。先週たまたま運悪く来店したおじさんリピーター四天王のAさんには、有無をも言わせずデカイの10個押し付けちゃいました。Aさん、ごめんなさい。

絵本紹介(290) きみがしらないひみつの三人2016年11月13日 22:43

題名   : きみがしらないひみつの三人
作     : ヘルメ・ハイネ
訳     : 天沼 春樹
発行所  : 徳間書店

 若い時は思いもしませんでしたが、50を過ぎるとよくまあ今まで大過なく人生過ごせてこれたなぁと、自分の幸運に感謝の気持ちが強くなりました。なにか大きな力で、誰かに守られて健康で幸せな生活を日々送れているような。。。 この絵本は自分では気づかない、けれどいつも自分を支えてくれる秘密の三人のお話です。

 きみが、うまれた日、三人のともだちは やってきた。  


 頭脳を守るアタマはかせ。こころを世話するハートおばさん。そしてなんでもおいしく食べて栄養に変えるいぶくろおじさんの三人。


 たとえば、きみが見たり聞いたりクンクンしたりして感じることは、みんなアタマはかせに伝わっていく。はかせは急いでカードに書き留めて、きみが、いつでも思い出せるようにする。

 ハートおばさんはきみの心に湧いてくるいろんな気持ちの世話をしてくれる。涙でびしょびしょの気持ちは乾かしてくれるし、けんかして壊れた気持ちはのりで直してくれる。


 いぶくろおじさんは腕利きのコックだ。きみが食べたものを全部、一生懸命もういちど料理してくれる。冷たい飲み物はきみがお腹をこわさないように温めてくれるし、熱いものはフーフーさましてくれる。

 三人は仲のいい友達だけど、時々けんかもする。三人がそろってだんまりを決め込むと、きみは病気になってしまうんだ。


 三人の友達はずっときみと一緒だよ。いつもきみから離れずに応援してくれる。ずっとついていく。きみがこの世からさよならする日まで。。。



 おれはひとりで生きてきたし、これからだって誰の手も借りない!若い時は思いがちですが、ひみつの三人だけではなくて、親だって一生懸命わたしたちを守ってくれていました。それに気づくのは自分が親になってみてから。私たちはいろんな人や宇宙の大きな力に支えられて暮らしているんですね、きっと。

再開しまーす2016年11月12日 12:41

 原宿の裏道にある絵本屋あぷりこっとつりー。そこの店主1号が日々あった出来事、思う事、時にお店の商品紹介をしながら3年くらい続けたブログ。
 
 突然中断させていただいて2か月過ぎてしまいました。

 その間、ブログの更新にお付き合いいただいていた何人かの方から、「どうしたんだ?」「どこか悪いの?」「お店はやってるの?」とのご心配を戴きました。

 ご心配をおかけした皆様、ありがとうございました。

 毎日のように更新していたブログが前触れなく止まれば、確かに「店主になんかあったか?」と思われましたよね。済みません。

 中断の理由は2つ。

 実は店主は土日だけ絵本屋をやり、平日は生活の為勤め人をしています。その勤め先の受注が好調で、猫の手である私までしっかり駆り出されることになりました。時には土日の営業を犠牲にして休めない同僚の代打にでたり、店番しながら書類をつくったり。すると日常が勤め先中心になってしまって、いざブログを書こうと振り返ると、楽しい話が1個もない!絵本の紹介記事も疲れて眠くて仕上げられなくなってしまいました。
 改めて気づかされましたが、サラリーマンって実につまらない日々です。身近に仕事ばっかりのお父さん、お母さんがいたら、どうぞ同情してあげてくださいね。仕事ばっかりにならないと置いて行かれる世界なんです。

 理由の二つ目は、今年5年ぶりくらいにテニスを再開したこと。運動不足を防ごうと思って自宅から30分くらいで行けるテニススクールに入ったのですが、いつの間にかテニス少年だった14歳に戻って、すっかりはまってしまいました。14歳の頃はだんだん上達するテニス(軟式)が楽しくて楽しくて、学校のクラブだけでは物足りなくて、帰宅してから壁打ちしたり、日曜日は朝から夕方まで昼も食べずにずっと学校の校庭開放で白球を追う日々でした。その後高校でもテニスは続けたのですが、厳しい練習や上下関係があんまり気に入らなくて、気持ちは離れてしまいました。
 でも、通い始めたテニススクールはお客を喜ばせてなんぼ。気持ちよくテニスを楽しませてくれます。下手でもいいところを見つけて褒めてくれます。褒められれば、オジサンでも木に登るんです。最初は10分動いてもヘロヘロだった体力もだんだん戻って、今やテニスコートでは14歳の自分が黄球(硬式のボール)を夢中で追いかけているんですよ。(店主2号Ushiさんにはあきれられていますが。。。)
 そんなわけで、勤務が無い非番は間違いなくテニス通いで、これまたブログに書いて楽しいような文化的な生活が犠牲になってしまいました。

 と、長々言い訳を書きましたが、こんなブログでも暇つぶしにお付き合い下さっていた方が一人以上いたことは大変驚きで、再開を待ってくださる変人(失礼!)がいるなら、大げさに考えないでその時書けること、書きたいことをアップしてみようかと思います。

 時に愚痴や書きなぐりが混じるかもしれません。ご不快でしたらコメントで「まじめにやれ!」と叱って下さい。
 今日から再開。またどうぞよろしくお願い致します。

 あぷりこっとつりー 店主1号

9/10 あぷりこっとつりーこぼれ話2016年09月10日 22:26

台風がやってきたり、雨の天気が多くなったり、暑い暑いと思っても季節の主役は秋に変わったようです。そう言えばワンコの夜の散歩時、この前までセミごうるさかったのに、今は草むらの音楽家たちがいろんな楽器を奏でていますね。

今日のあぷりこっとつりー、看板犬はお客様を今か今か待ちましたが、そのうち待ちくたびれてグデ。活躍する機会があまりない1日でした。

最近、店までチャリで出勤する途中、千駄ヶ谷小学校の隣にポタスタというサンドイッチ屋さんができました。冒頭の写真はツナのサンドイッチ。
あり得ないほどたくさんのレタスとツナが薄いパンで挟まれていて、ほとんどサラダでした。1個500円。結構ボリュームあって野菜タップリでヘルシーなのですが、食べづらいのが玉に傷。そう言いつつ今日も買ってきちゃいました。

絵本紹介(289) すみれ島2016年09月04日 17:13

題名   : すみれ島
文    : 今西 祐行
絵    : 松永 禎郎
発行所 : 偕成社

 今日ご紹介する絵本は、太平洋戦争末期の特攻隊の悲劇を題材にした物語です。戦争では何が行われたのか、語れる証人が減っていく時代に、読み継がれて欲しい物語の一つです。

 昭和20年春、九州の南の端の小学校のま上を、毎日のように日の丸を付けた飛行機が飛び過ぎて行くようになりました。子供たちは手を振り、飛行機もそれに応えて翼を軽く振ります。子供たちは喜びましたが、教師たちはその飛行機が爆弾と片道だけの燃料を積んだ特攻機であることを知っていました。


 やがて子供たちは航空隊の兵士に手紙や絵を書いて送るようになり、それも飽きると近くですみれを摘んで花束にして航空隊に届けるようになりました。


 するとある兵士から返事が届きます。すみれを貰った夜、仲間と二人で夢中になって懐かしいすみれ相撲をしたこと。すみれの花を散らしたままのベッドですみれの香りにつつまれてぐっすり眠れたこと。出撃の命令を受けて、ゆうべが本当に楽しいよるだったと子供たちにお礼を述べて、兵士は飛び立って行きました。


 それからもどれくらいの兵士が子供たちから貰ったすみれを持って飛び立ったことか。そんな特攻機の中には、敵の戦艦にたどり着く前に故障して墜落するものも少なからずおりました。

 戦争が終わって何年かすると、南の小さな島にすみれが群生するようになりました。子供たちから贈られたすみれ花を積んだ飛行機から種が落ちたのかもしれません。


 名前の無かったその島は、地域の人たちにすみれ島と呼ばれています。

 今私たちはISの自爆攻撃のニュースを聞いて、なぜ簡単に騙されて大切な命を捧げるのか、理解に苦しみます。
 でもたった70年ほど前に、日本でも近いことが起きていました。
 大切なものを守るため、国の勝利に役立つため、自らの命を差し出した若者たち。きっと真面目で純粋だったのでしょう。生きていれば、どれだけその後の日本の発展に貢献したことか。

 いつの時代にも純粋な若者を、自分たちの思惑を成し遂げる道具に仕立てようとする大人がいること、子供たちに教え、悲劇を防ぎたいものです。