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絵本紹介(211) デューク2015年07月16日 23:20

題名   : デューク
文     : 江國香織
絵     : 山本容子
発行所  : 講談社

 今日ご紹介する絵本は、正確には江國香織さんの短編小説に、銅版画家の山本容子さんが挿絵をつけた本です。サイズも文庫本よりもう一回り小さいポケットサイズ、大人の絵本です。
 そしてこの絵本も、毎度済みません、ついついご紹介したくなる犬がらみのお話です。
 でも、胸がキュンとなるお話ですよ。


 デュークが死んでしまった。
 私がアルバイトから帰るとまだかすかに暖かかったけど、膝に頭を乗せてなでているうちに、いつの間にか固く、冷たくなってしまった。

 デュークはグレーの目をしたクリーム色のむくげ犬で、卵料理とアイスクリームと梨が大好物だった。そうして、デュークはとてもキスがうまかった。


 わたしは涙が止まらなかった。びょうびょう泣きながら歩いて、他の人たちがいぶかしげに私をみた。
 アルバイトに行くために電車に乗っても泣きつづける私を、周りの人たちは遠慮会釈なくじろじろ見つめた。

 「どうぞ」
 不愛想に19くらいの深い目が印象的な男の子がぼそっと言って、席を譲ってくれた。
 そうして、途中の乗り換えでも私に寄り添って、終点まで満員電車の雑踏から私を守ってくれた。

 わたしはお礼に男の子をコーヒーに誘って、アルバイトは断った。
 いつの間にか涙は止まり、背が高くて端正な顔立ちの少年のペースにすっかり飲まれて、プールで泳ぎ、アイスを食べながら住宅街を歩き、お気に入りの美術館で絵について語り合った。少しどきどきしながら。


   でも、少年が見たいと言って入った寄席で、急に切なくなってしまった。デュークも落語が大好きだったから。

 デュークはもういない。
 デュークがいなくなってしまった。

 寄席を出て夕暮れの街を歩きながら、少年が言った。
 「今までずっと、僕はたのしかったよ。」

 「そう。私もよ。」と下を向いたまま私が言うと、少年は私の顎をそって持ち上げた。そしてキスをした。

 なつかしい深い目とデュークのキスとあまりにもよく似た少年のキス。 ぼうぜんとしている私に、少年が言った。
 「僕もとても、愛していたよ。」
 「それだけ言いに来たんだ。じゃあね。元気で」


 少年は青信号が点滅している横断歩道に素早く飛び出し、駆けて行ってしまった。


 このお話は、絵本として出会う前に、江國さんの短編集で読んだことがありました。その時は通勤電車の中でしたが、涙腺が緩んで周りに気づかれないよう苦労しました。
 そんなお気に入りの小説に、犬好きの山本容子さんの愛らしい犬の挿絵が入って、もうたまらない。もっか売らずに手元に置きたい絵本ナンバーワンになっています。