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平和を願う日2013年08月15日 21:20

 連日各地で35度を超える猛暑のこの夏。

 暑い暑いとつい騒いでしまいますが、気が付くと夜の鳴き声の主役は、蝉からコウロギに代わっていました。
 あんなに暑かったのになと、振り返る日も、もう遠くはなさそうです。

 今日、68回目の終戦記念日。
 思い切り平和ボケの自分に、平和でなかった時代を思い起こさせてくれる大切な日です。

 戦後生まれのため、戦争は両親、祖父母の体験談でしか知りません。だからたぶん戦争の本当の恐ろしさの1/10も分かっていないでしょう。それでも自分では抗うことのできない大きな力に幸せを踏みにじられたり、逆にたまたま所属する国が違うという理由だけで、見ず知らずの人の幸せを奪うことも、どちらもまっぴらなので、戦争をどう思うかと聞かれたら、大嫌いです。

 世の中には、武力が均衡しているから衝突が避けられる。だから平和のため軍事力は必要なんだという理屈が幅を利かせ始めています。
 自分の国は自分たちが血を流して守るのが、世界では当たり前だという理屈も。

 でも、本当だろうか。
 誰かが声高に言う、平和の為とか、国を守る為とか、その真偽を見抜けるだろうか。
 膨らんだ軍事力を誰かが勘違いして使ってしまうことは絶対ないだろうか。
 世界で稀有でも、血じゃなくて智で国も守る方法あるんじゃないだろうか。

 そんなことを考えていると、あれ、なんか原発の問答と似てる。

 中国戦線に駆り出されて、奇跡的に生還した義父は、よく兵隊の時の苦労話や死と紙一重だった戦闘の話はしてくれました。でも最期まで、命を奪った敵兵の話は一度もしてくれないまま、一昨年他界しました。
 「戦争はやっちゃいかん。」と小声でつぶやきながら、きっと誰にも話せないつらい記憶を抱えていたのだろうと思うと、気の毒でなりません。
 
 善良な一市民の命や人生を軽んじてまで守ろうとした正義って、いったい何だったのでしょうね。
 人を殺さなくて良い平和に感謝です。